
木々の間に棲まう癒しの霊。痛みや静けさを知る存在で、そっと傍に佇み、語を通じて内なる再生を促す。
沈黙の聴き手。
司る領域:
メンタルケア・カウンセリング・介護・看護・植物療法・動物との共生・深い人間関係
「沈黙の森に咲く声」
深き森の奥、陽も差さぬほどに枝葉が絡まりあう場所――
その静けさは「無」のようでいて、実は数えきれぬ語が眠っている場所だった。
そこに棲むのが、癒しの守り手「ヤサクモ」である。
ヤサクモは、かつて人の言葉を一切発さぬ存在だった。
誰かが語ろうとすれば、彼女はただ静かに耳を傾ける。
言葉の表層ではなく、その背後にある揺れ、痛み、葛藤を、葉が露を受け止めるように受けとめていた。
ある時、村のはずれに住む娘が、声を失った。
悲しみが深すぎて語れず、誰にも心を開けぬまま、娘は森へと入った。
そのまま帰らぬかと思われたその三日後、娘は一輪の白い花を抱いて戻ってきた。
不思議なことに、その花を傍に置くと、彼女は少しずつ表情を取り戻していった。
やがて、言葉にならぬまま、紙に思いを綴るようになり、心の奥にあった声を掬い上げていった。
誰がその花を娘に渡したのか。
それを知る者はいない。
けれど語霊の民は、その花を「ヤサクモのしずく」と呼ぶようになった。
ヤサクモは語を発するのではなく、「聴くこと」で語を癒やす神。
沈黙の中にこそ、最も深い語が宿ることを知る存在である。
彼女の祠は森の奥、決して踏み荒らしてはならぬ地にあるという。
けれど、心の中に痛みが芽生えたとき、ふと風が木々を揺らし、小さなささやきが聴こえることがある。
「語れなくて、いい。
それでも、あなたの声は、ここにある。」
そう語りかけるのは、ヤサクモの森の吐息。
癒しとは、何かをすることではなく、「ただ傍にあること」。
それが彼女の語であり、その語は今も深い森に、静かに降り積もっている。