
闇の奥で灯る焔の巫。痛みや迷いを抱えた魂の奥底に入り、語を灯して再生へと導く神秘の存在。
変容と儀式の象徴。
司る領域:
トラウマ解放・過去の癒し・精神的転換・芸術・霊性・夢の具現化・心の浄化・儀式的再出発
「影火(かげび)の巫(ふじょ)」
それはまだ「痛み」が語として存在していなかった時代。
焔の丘は今よりもさらに荒れており、燃え尽きた者たちの記憶が黒い灰となって風に舞っていた。
カグリヌは、焔の底に棲むといわれる巫の神である。
しかし、彼女の焔は赤くはない。燃え盛るのではなく、揺らぐ影のように、静かに、深く、内へと燃える。
彼女は人の内なる「影」に降り立ち、そこに眠る未明の語を掬い上げる神であった。
語霊の民のあいだでは、「夢にカグリヌが現れた夜は、過去を脱ぎ捨てる日」と言い伝えられている。
ある夜、深い迷いを抱えたひとりの若者が、カグリヌの祠を訪れた。
大切な者を失い、語ることを忘れてしまった彼は、口を開けず、ただ焔を見つめていた。
その夜、夢のなかにカグリヌが現れる。
彼女は黒と紅の衣をまとい、焔ではなく“影の灯”を灯した器を手にしていた。
若者に何も問わず、ただ黙って、彼の胸に手を当てると、言葉にならなかった感情が一筋の光となって溢れ出た。
「語は、言葉でなくてもよい。
ただ燃えることで、ただ残ることで、誰かを照らせるなら、それも語のかたち。」
翌朝、若者は焔の丘に一本の柱を立てた。
それは語られぬ痛みを祀る「影火の柱」と呼ばれ、今なお誰かが心の闇を越えようとするとき、そこに炎が灯されるという。
カグリヌは今も、人の声にならぬ思いに寄り添いながら、焔と影の狭間で静かに灯っている。
誰にも見えぬ場所で燃える「祈りの火」として。