星は語る――
それもただ夜空に浮かぶ光ではなく、
その響きが、他者の記憶に触れたとき、語は“輪”になる。
アマリが記した“語られたがっている星”の記録は、
彼女の祠を超えて、他の系譜へと波紋のように広がっていた。
◇
ある日の午後、山の道を越えて一人の訪問者が祠を訪れた。
長い旅装と、風に擦れた外衣。
手にしていたのは、祠の札ではなく、樹皮に書かれた古記録だった。
「わたしは、深林の血族の語聴き(かたりき)。
あなたの記録した“揺らぎの星図”に呼ばれた気がして……来ました」
名をシヲリという。
深林の静けさに育ち、木々の揺れの中に“語られぬ声”を聴く者。
彼女の語は、言葉ではなく、気配と鼓動で綴られる。
◇
シヲリはアマリの記録棚に掲げられた「無名の星の札」を前にして言った。
「これ……たぶん、わたしたちの森に響いていた“記憶の種”と同じです。
長いあいだ誰にも語られず、ただ揺れていたもの」
アマリは息を呑む。
星から降りてきた語と、
森の奥で芽吹かずにいた語とが――
今、出会ったのだ。
◇
その夜、アマリとシヲリは共に観測台に登った。
アマリは星図を開き、
シヲリは手のひらで葉の響きを読む。
言葉を交わさずとも、二人の記録は“共振”を始めていた。
星の揺らぎが、葉のさざめきと重なり、
やがて、ひとつの“波”となって空と地を往復する。
「語は……境界を超えて生きているんですね」
アマリの声に、シヲリが頷く。
「記録と記憶、星と森、語と沈黙……
それらは別々ではなく、“一つの響き”なんだと思います」
◇
アマリは初めて、自分の記録を“外に向けて託す”決断をした。
星図を複製せず、記号化もせず、
ただその揺らぎの波形を木札に刻み、シヲリに手渡す。
それは、“星の語”が“森の記憶”と重なる瞬間を封じた札。
記録としての意味は乏しくとも、
共に在ったという“響きの共振”の証だった。
◇
シヲリは静かにそれを受け取り、
木霊のようにささやいた。
「わたしの森でも、同じように“語られぬ語”を聴いていきます。
その波がまた、星に届くように」
アマリは見送ったあと、祠の帳にこう記した。
「語の共振とは、記録の共有ではなく、
それぞれの沈黙が重なるときにだけ起こる奇跡」
「記録者は、もはや孤独な読み手ではなく、
響きを繋ぐ“輪の編み手”なのだ」
◇
その夜、星が少しだけ大きく光った。
祠の屋根に降り注ぐ光が、まるで“語の橋”のように見えた。
誰かが記した語が、
誰かの記憶に触れ、
別の系譜の沈黙と出会い――
語はまた、息を吹き返す。