ユリノハマの白砂を歩くたびに、ナギサの足元には新たな光球が現れた。
それはまるで、彼女の記憶と誰かの想いが共鳴し、語を編んでいるかのようだった。
水面に浮かぶ光球を見つめると、そのひとつがふわりと浮かび、彼女の目の前で弾けた。
光と共に広がった景色――それは見知らぬ少女が、誰かに手紙を綴っている情景だった。
『わたしの声が、どこまでも届きますように』
少女の言葉が、ナギサの胸を打った。
それは彼女自身の心にも共鳴し、語が震えるのを感じた。
(声……わたしも、ずっと届けたかったんだ)
ユリノハマは記憶の集積地であるだけでなく、語を持つ者同士が響き合う場でもある。
過去の誰かの声が、今を生きる者に訴えかけ、語を通して記憶の再生がなされていく。
その瞬間、ナギサの中で何かが繋がった。
彼女は、自らの語が“他者の声を聴く器”でもあることに気づく。
「この浜の記憶は、わたしだけのものじゃない。
みんなの声がここにある」
そして、あの老女が言っていた「門の音を開く鍵」という言葉を思い出す。
鍵とは、記憶そのものではなく、その記憶に共鳴する“語”の力――
つまり、ナギサの存在そのものだったのだ。
ナギサは腰を下ろし、静かに呼吸を整える。
耳を澄ませると、浜全体から絶え間ない囁きが聴こえてくる。
「ナギサ……」
不意に、自分の名を呼ぶ声があった。
振り返ると、薄く光る水面の上に、ひとりの青年が立っていた。
青の衣に包まれた青年は、どこか懐かしい雰囲気をまとっていた。
彼の姿ははっきりせず、まるで記憶の霧の中から現れた存在のようだった。
「あなたは……?」
「君の語に導かれて、ここへ来た」
青年の声は、潮の音と溶け合いながらも、確かにナギサの心に届いた。
「君がこの地に立ったとき、語の扉が開かれた。
忘れられていた波が、再び満ち始めたんだ」
ナギサは一歩、青年に近づいた。
彼の姿は揺らぎながらも、なぜかとても自然に思えた。
「あなたも……潮流の民なの?」
青年はうなずいた。
「かつて、語を継ぐ者のひとりだった。
でも、ある時、声を失った。
君が来たことで、その声が少し戻ってきたような気がする」
その言葉に、ナギサは胸が熱くなるのを感じた。
「あなたの語、わたしが受け取るよ」
彼女の手が青年の手に触れた瞬間、波音が強くなり、ふたりの周囲に幾重もの光が舞い始めた。
それは、ふたりの記憶が織り重なっていく瞬間だった。
語を通じて、心と心が結び合う。
それこそが、潮流の民に与えられた最大の力だった。
ナギサは新たな“語”をその身に宿し、再び前を向いた。
潮の流れは、次なる記憶へと彼女を誘っていた。