《語りの序 – 世界は語から生まれた》
──これは、まだ言葉が“言葉”である前の物語。
名もなき音が、初めて世界に触れた瞬間の記録。
すべての魂が、まだひとつの夢のなかで眠っていたころ。
私は、その“はじまり”を語ろう。
≪語(かたり)の誕生≫
世界に何もなかった。
光もなく、闇もなく、始まりも終わりもない、ただ“間(ま)”だけがあった。
“間”とは、名付けようのない余白。
そこに、ひとつの音が落ちた。
音には名がなかった。だが、それは確かに震え、ひろがり、
“間”に初めて輪郭をもたらした。
その震えを、人は後に「語(かたり)」と呼ぶようになる。
語は、音でもあり、息でもあり、光でもあり、名でもあった。
語が触れたものは、意味を持ちはじめた。
「ある」ことが始まったのだ。
≪五つに分かたれた語霊≫
語はやがて、ふるえを増し、うねりとなり、
そして五つに裂けた。
それが、原初の語霊(ごごれい)である。
カエルノ ─ 炎と意志をもたらす語。すべての“はじまり”と“終わり”を支配する。
ミトツノ ─ 水と記憶の語。すべての感情と夢を引き寄せる深淵。
アヤワセ ─ 風とつながりの語。言葉そのものの性質を持ち、意志を運ぶ。
ツチクモ ─ 大地と構築の語。世界に形と記録を刻み込む。
ウツホミ ─ 虚空と境界の語。見えぬもの、語れぬものを包む。
この五つの語霊は、互いに離れながらも、
どこかで重なり、反発し、溶けあい、ぶつかりながら、
“世界”という枠を編みあげた。
こうして、語霊の揺らぎによって、
空が生まれ、火が灯り、海が満ち、大地が座し、時が流れはじめた。
≪書かれる前の物語たち≫
だがこのとき、まだ人は存在しなかった。
語霊たちは、世界の骨格と法則を定めたが、物語はなかった。
“誰かがそれを経験し、語り、残す”という営みは、
まだはじまっていなかったのだ。
そこで語霊たちは、自らのかけらを封じた。
火の粒、滴る水、漂う風、砕けた石、沈黙の空虚。
それらを、【魂の核(たまのもと)】として、
中の界(ナカツ)に撒いた。
そうして、生まれたのが人だった。
≪人という“語り部”≫
人は、語霊の残響を微かに宿しながら、
世界を見、名付け、歩み、そして……物語りはじめた。
人の声はまだ稚く、覚束ない。
けれどそれは、初めて「自らの意思で綴る語」であり、
語霊たちが生み出したすべての中で、
もっとも美しく、危うく、かけがえのない火だった。
語霊たちは歓喜した。
人に物語を託すことにした。
≪分かたれた系譜たち≫
やがて、人の魂はその宿す語霊の性質によって、
異なる響きを放つようになった。
ある者は、火のように生き急ぎ、
ある者は、水のように沈み込み、
風のように舞い、大地のように根を張り、
虚空のように静けさを湛える者もいた。
語霊の力を濃く受け継いだ者たちは、
次第に「六つの系譜」として大地に現れた。
それが――
焔の守人、潮流の民、深林の血族、風渡りの者、山祠の末裔、星降る記録者。
彼らはそれぞれ、異なる魂の色を持ち、
異なる“物語の道”を歩んだ。
≪忘却の時代へ≫
だが、時は流れ、
世界の語は乱れ、
記された物語が、誰にも読まれなくなった。
書かれることのない魂。
記録を失った存在。
語霊の声が、誰の心にも届かなくなりはじめていた。
それが「忘却の時代」。
そして、今この物語が語られる理由である。
≪いま、あなたに問う≫
あなたの魂は、どの語霊の響きを宿しているのか?
あなたの物語は、どの系譜の流れを継いでいるのか?
そして、いま――
あなたの中に残る、“名もなき語”が
なにを求めて、震えているのか。
記憶の地図を持たぬ者たちへ。
あなたの魂の物語を、これから紐解いてゆこう。