語は、ひとつではない。
同じ星を見ても、そこに浮かぶ語の姿は人それぞれに異なる。
だが、それでも語は“語”であり続けることができるのだろうか。
◇
アマリが記した共鳴星図は、各地の記録者たちのあいだで静かに広がっていた。
記録の輪は彼女の祠を越え、潮流の民、風渡りの者、深林の血族へと連なり、
それぞれの視点で「同じ星図」が“異なる語”として解釈され始めていた。
「これは悲しみの記録だ」
「いや、これは目覚めの予兆だ」
「この星は“語らぬこと”を意味している」
語は、揺らぎ始めた。
◇
アマリのもとには、異なる読みをもつ解釈札が次々と届いた。
それらは矛盾していた。
ある者は星を“癒し”とし、ある者は“叫び”と読んだ。
さらに他の者は、“語の誤読”だと断じてきた。
「これは記録ではない。
記録者自身の“感情の投影”であり、語の正統性を損なっている」
――星降る記録者の保守派より
◇
アマリは祠の天文台で、あらためて星を見上げた。
星は、何も語らなかった。
けれど、確かに“そこにあった”。
(語は、見る者により形を変える。
でも……それでも“語の魂”は、変わらずに残るのではないか)
彼女は決意した。
「記録の揺らぎを、記録する」
◇
彼女は十枚の札を用意し、
それぞれに「同じ星図に対する異なる読み」を記した。
悲しみ、祈り、憤り、誓い、予兆――
全ては、同じ星を起点としながら、まったく異なる言葉として綴られていた。
そして、最後の札にこう刻んだ。
「語の揺らぎを、語の可能性として記す。
解釈が異なることは、語が“生きている”証である」
◇
師範はその記録を見て、しばらく無言だった。
やがて、静かに頷いた。
「記録とは、固定された正解を残すことではない。
むしろ、“どのように読まれたか”を積層することで、語は多層の真実となる」
「語の真実は、単独ではなく、“響きの重なり”の中にある――そう思います」
◇
アマリはその十枚の札を、一本の柱に円形に配置した。
誰かが祠を訪れるたびに、
その中から“自分の語”に近い札を選び、手に取ることができるように。
そして中央には、何も書かれていない無地の札が置かれた。
「ここに、まだ語られていない“あなたの語”を重ねてください」
◇
その夜、星は特別な並びを見せた。
過去の星図にも、未来の記録にも記されていない、不規則な交差。
アマリは記録具に触れながらこう記した。
「語は、読むたびに姿を変える。
それを恐れて閉ざすのではなく、
その変化を記録することで、語は永遠に生きる」
そして祠の天井に描かれた古の星図を見上げ、微笑んだ。
語の揺らぎ――
それは、記録者が語を愛するがゆえに受け入れねばならぬ宿命だった。